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加齢とネフロン喪失

  • 執筆者の写真: 臼井亮介
    臼井亮介
  • 2 日前
  • 読了時間: 8分

更新日:14 分前


 こんにちは。株式会社レノプロテクト代表の臼井亮介(日本腎臓学会専門医・指導医)です。

 慢性腎臓病(CKD)の国内患者数は推計で2,000万人。成人の約5人に1人が該当する、まさに「国民病」です。近年、慢性腎臓病に保険適応となる治療薬は少しずつ増えてきましたが、それらは失われた機能を回復させる魔法の薬ではなく、あくまで「今ある腎機能を長持ちさせる」という守りの治療に留まるのが現状です。

 なぜ、腎臓は一度悪くなると治すことが難しいのか? その最大の要因である「加齢によるネフロン喪失」と「糸球体過剰濾過」について解説していきます。

 「ネフロン」という言葉に馴染みがない方が多いと思いますが、腎臓の健康に深く関わる大切な存在です。ネフロンについて知ることで、今日から腎臓への向き合い方が変わるはずです。それでは、詳しく見ていきましょう。



腎臓の機能を支える最小単位「ネフロン」の仕組み


 腎臓は、血液を濾過して老廃物を排泄し、必要な物質を体内に残す、非常に精密な臓器です。その機能を支えている最小単位が「ネフロン」と呼ばれ、これが集まって腎臓という形を作っています。


 ネフロンは、一つの腎臓に約100万個、左右合わせて約200万個存在し、これこそが尿を作る本体です。例えるなら、「腎臓」という会社の中で働く「200万人の社員」がネフロンです。私たちが毎日何気なく出している尿は、この200万人の社員たちによる緻密な仕事で血液を浄化した結果なのです。彼らが一人でも多く現役で働いていることが、腎臓の健康、ひいては全身の健康に直結しています。



胎児期に決定する「初期資産」としてのネフロン


 実は、このネフロン(社員)の数には、生涯の健康を左右する重要な事実があります。


 第一に、ネフロンは生まれた瞬間にその最大数が決まっており、一生の間に増えることはありません。中途採用や再雇用(再生)がない組織なのです。


 第二に、その数には大きな個体差があります。かつては誰もが一律に200万個持っていると考えられてきたため、いまだに内科学書にはそのように書かれています。しかし、近年の研究では10倍以上の個体差があることが複数の研究者より報告され、さらには、この個体差が成人以降の健康に少なくない影響を及ぼしていると考えられています。


 日本人成人のネフロン数は、一つの腎臓に64万個(左右で120〜140万個)と報告されておりKanzaki G, et al, JCI Insight. 2017;2:e94334、なんと、欧米人の3分の2程度しかありません。日本人は生まれつき、少なめの社員数で会社を回さなければならない宿命にあるのかもしれません。一方で、日本人小児のネフロン数に関する研究によると、年齢中央値2.5歳で腎臓一つあたり92.5万個とされました(Sakaguchi H, et al. Kidney Int Rep. 2024;10:772)。個体差が大きいため単純比較はできませんが、ネフロンの消耗は小児期から始まっているのかもしれず、これが真実だとするとかなり衝撃的です。


 ネフロンの最大数は胎生36週で最終決定されます。それ以降、発達途中のネフロンが十分に成熟するかどうかは、妊娠中のお母さんの健康状態(胎内環境)にも強く影響を受けます。早産で生まれたお子さんのネフロン数が少ないことは医学的にもよく知られています。


 腎臓は、初期の社員数(ネフロン数)が決まっており、補充もきかない組織です。だからこそ、今いる社員をいかに大切にするかという「健康経営」の視点が不可欠なのです。



「加齢」によるネフロン喪失の実態


 腎機能を悪化させる二大要因は、糖尿病と高血圧症です。これらは「ブラック企業化」を招く外部要因としてネフロンを破壊しますが、今回紹介する論文(Denic A, et al. JASN 2016;28:313)が明らかにしたのは、病気ではなく、誰しもが避けがたい「老化」の影響です。


 たとえ持病がない「健康な人」であっても、加齢というプロセスだけでネフロンは容赦なく減っていきます。研究によれば、18〜29歳のグループと比較して、70〜75歳の健康なドナーでは、正常に働いているネフロンの数が約48%も減少していました(下図)。特別な病気がなくても、70代になる頃には社員が半分にまで減ってしまう。これが、私たちの体に等しく訪れる「腎臓の老化」の真実です。


 また、この老化現象は30歳を過ぎるとすでに始まっていることにも注目してください。若いうちから過度に心配する必要はありませんが、たとえ30~40代と若くても、年1回の健康診断の結果を「老化による変化」という観点から眺めてみることは非常に有意義です。



加齢とともにネフロンは機能を失い喪失します。
加齢とともにネフロンは減少する

臨床データの盲点:なぜ「隠れたダメージ」は見逃されるのか


 この論文の最も重要な示唆は、一般的な検査結果と、実際のネフロン喪失スピードとの間にある「大きな乖離(ギャップ)」です。


 腎臓の健康状態を調べる際、CT検査や超音波検査で腎臓の大きさを測ることがあります。また、腎臓病の原因を正しく知るために、生検(組織の一部を採る検査)を行うこともあります。70代までにネフロンが48%も消失している一方で、CTで測った腎容積の減少は16%に留まり、生検で見つかる硬化したネフロンの割合も15%程度の増加でした。


 なぜこれほど差が出るのか。それは、機能を失ったネフロンが次第に萎縮し、最終的には吸収されて跡形もなく消えてしまうからです。つまり、検査で見える「ダメージの跡」は、すでに消失した多くのネフロンの影に隠れた、ごく一部の現象に過ぎないのです。



過剰濾過理論:「働き過ぎ」が招く腎機能悪化のサイクル


 会社で社員が次々と退職してしまったらどうなるでしょうか。短期的には、残っている社員たちが、辞めた人の分の仕事も背負い、残業を重ねて対応するはずです。腎臓でも全く同じことが起きます。


 ネフロンが減少すると、生き残ったネフロンたちがその穴を埋めようといつも以上の仕事をするようになります。その結果、濾過を行う「糸球体」が肥大化します。これを「糸球体の代償性肥大」と呼びます。一見、機能を維持しているように見えるこの状態こそが、実は腎機能廃絶への道を進んでしまっていることの表れなのです。


 無理な重労働を強いられた残存ネフロンは、やがて過労で倒れ、脱落していきます。するとさらに残った社員の負担が増え……という負のサイクルが形成されます。一度この悪循環が回り始めると、外からの介入なしに止めることは非常に困難です。糸球体の肥大化は、会社が崩壊する直前の「限界ギリギリの綱渡り」を意味しています。


 これは、1981年にブレンナー博士が提唱した「過剰濾過理論(Hyperfiltration Theory)」として広く知られています。動物実験から得られた知見でしたので、ヒトでも同じことが言えるかどうかという観点から、当時はTheory(理論)というよりもhypothesis(仮説)に近かったと思われます。そのため日本語の内科学書ではHyperfiltration Theoryは「過剰濾過仮説」と記述されてきました(私が医学部学生のときに読んだ教科書も仮説と書かれていました)。これが30~40年かけて、現在では実臨床で普遍的な事実(理論)として証明され、広く認識されるに至りました。


 ここでは詳しくは述べませんが、この悪循環サイクルを抑えるために、高血圧症や糖尿病の薬が腎保護薬として使われることがあります。



クレアチニン検査の盲点とeGFR推移の重要性


 現在、広く使われている腎機能指標は「血清クレアチニン」と「eGFR(推定糸球体濾過量)」です。クレアチニンは「腎臓が壊れたこと」を知らせてくれますが、「腎臓にどれだけ余力が残っているか」を知らせる機能はありません。


 前述の通り、ネフロンが半分になっても、残った社員が「十分な残業(過剰濾過)」をすれば、クレアチニン値は正常範囲内に収まってしまいます。クレアチニンの数値が上昇したときには、もはや残された社員だけではカバーしきれず、負のサイクルが回り始めたことを示しているのです。


 だからこそ、単発の数値だけでなく、eGFRが年々どう変化しているかという「時系列データの推移」に注目してください。現状、健康診断や人間ドックでは、未病段階での評価や、時系列データへのコメント付記やアラート機能はほとんど働きません。自分の腎臓を守るためには、自らが主体となって推移を見守る視点が必要です。



腎臓健康経営のKPI:血中ウロモジュリンへの期待


 そこで、私がお勧めしたいのが「血中ウロモジュリン」という新しい指標です。ウロモジュリンはネフロンの特定の部位(尿細管)でのみ作られるタンパク質です。その血中濃度は、現在アクティブに働いているネフロンの量(現役社員数)を示す指標と考えられています。加齢に伴ってネフロンは減るので、ウロモジュリンも長期的には徐々に低下していきます。


 eGFR値は会社全体の仕事量(腎機能)を表し、ウロモジュリン値はその仕事量をこなしている社員数(ネフロン量)を表すと考えると、腎臓の働きをより立体的に理解できるようになると思います。

eGFR値とウロモジュリン値の違い
今の仕事(eGFR)は何人(ウロモジュリン)で行ってますか?

 ウロモジュリンを定期的に測定することで、仕事量や職場環境(腎臓を大切にするための生活習慣)の見直しに役立ちます。いわば腎臓の健康経営における「重要業績評価指標(KPI)」となる可能性を秘めているのです。


(※ウロモジュリンの詳細については、こちらのコラムも併せてご覧ください)



結び:自分の腎臓の「現在地」を知るということ


 私たちは加齢そのものを止めることはできませんが、年齢という指標で人生の現在地を知ることができます。加齢に伴ってネフロンが徐々に消えていく事実は、通常の検査では把握しにくいものですが、ウロモジュリンはその代替指標として期待されています。


 ネフロンの健康に気遣うことは、会社で社員を大切に扱うことと同じです。その結果、長期に渡り良いパフォーマンスを維持することに繋げられるものと思います。


 「塩分を1g減らす」「血圧をあと5mmHg下げる」「適正体重を維持する」。こうした日々の選択はすべて、有限で貴重なネフロンを守るための「経営戦略」とも言えます。


 人生100年時代。最後まで自分の腎臓が現役で働き続けられるよう、今一度、見えないところで進む腎臓の老化に目を向けてみませんか。あなたの腎臓の「現在地」を知ることは、豊かな未来を守ることと同義なのです。



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