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熱中症に注意 - 日本の夏は腎機能の新たなリスクファクター

  • 臼井亮介
  • 5月19日
  • 読了時間: 5分

更新日:5月27日


 株式会社レノプロテクト代表の臼井です(日本腎臓学会専門医・指導医)。

 5月を迎えると、熱中症のニュースが増えてきます。真夏のような猛暑ではないこの時期、「まだそんなに暑くないのに熱中症?」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、体が暑さに慣れていない今こそ、急な気温の上昇によって熱中症のリスクが高まります。今回は、熱中症が引き起こす「急性腎障害(AKI)」とその後遺症が将来的な腎機能に与える影響について、分かりやすくご紹介します。本格的な夏を迎える前に、ぜひお読みいただき、夏の健康管理にお役立てください。





●慢性腎臓病と急性腎障害の深い関係

 慢性腎臓病(CKD)の原因として、糖尿病や高血圧症といった生活習慣病が全体の約6割を占めます。さらに、慢性糸球体腎炎や遺伝性疾患、膠原病などによる腎障害が約2割、残りの2割が「原因不明」とされています。実は、この「原因不明」とされるケースの中には、過去に急性腎障害を経験した患者さんが少なくありません(急性腎障害は気付かないこともあります)。急性腎障害は、早期に適切な治療を行えば十分な回復が期待できる病態ですが、必ずしも元の状態まで完全に戻るとは限りません。腎機能評価検査クレアチニンにはブラインド領域と呼ばれる検査限界の問題があることから、急性腎障害の病態ではそもそも十分な評価が困難なうえ、回復後も腎機能の経過が十分にフォローされるケースはけっして多くありません。糖尿病や高血圧といった明確な基礎疾患がない方でも、急性腎障害を経験してから10年~数10年の時間をかけてじわじわと腎機能が低下していくことがあります。


 2000年以前は、急性腎障害はまれで、しかも「治る病気」として扱われていました。しかし近年の研究では、急性腎障害は予想以上に頻繁に発生しており、しかも一度経験すると再発のリスクが高まることがわかってきました。また、再発を繰り返すたびに腎機能の回復が不完全となり、段階的に腎機能が低下し、次第に慢性腎臓病へと進行していくことがわかってきました。


 近年、糖尿病や高血圧症、慢性糸球体腎炎といった「慢性腎臓病の原因疾患」に対する治療は進歩していますが、一方で脱水や薬剤、尿路結石などが引き金となる急性腎障害の発症数はむしろ増加傾向にあります。


 70歳代では加齢により腎機能が約半分にまで自然に低下します。日本は世界でも有数の長寿国で、今後さらに寿命が延びることを考慮すると、若いうちから「急性腎障害をどう防ぐか、どう回避していくか」は、生活習慣病に次ぐ重要な健康課題と言えるのです。



●日本の夏、そして熱中症がもたらす腎機能への影響

 近年の日本の夏は、かつてないほどの猛暑が続いています。この猛烈な暑さが私たちの体に大きな負担をかけますが、中でも注意すべきは、熱中症による腎機能障害です。脱水状態では、腎臓への血流が不足し、急性腎障害を引き起こすリスクが高まります。


 総務省の発表によると、2024年には熱中症による救急搬送者数が97,578人と過去最多を記録しました。そのうち、約3割が急性腎障害を併発していると言われています。さらに、その3割が完全には腎機能が回復せず、なんらかの後遺症を残すとされています。救急搬送されるほどではない軽症の熱中症でも、約1割に急性腎障害が起こっており、そのうち3割はやはり一定の後遺症を残す可能性があります。つまり、糖尿病や高血圧などの基礎疾患のあるなしに関わらず、日本で生活している人の腎臓にとって、日本の夏は「新たなリスク」となりうるのです。


熱中症による救急搬送数
5~9月の熱中症による救急搬送数(総務省消防庁データより作成)


●熱中症から腎機能を守るために ― 予防のポイント

 腎機能へのダメージを防ぐためには、熱中症を予防することが何よりも大切です。特に以下のポイントを意識しましょう。


こまめな水分補給:喉が渇く前に、定期的に水分を摂るように心がけましょう。

適度な塩分摂取:汗を大量にかいたときは、スポーツドリンクや経口補水液の活用が効果的です。

涼しい環境を保つ:エアコンや扇風機を上手に使い、室温管理を徹底しましょう。

軽装での対策:通気性のよい服を選び、帽子や日傘などで直射日光を避けましょう。

定期的な休息:炎天下での活動時は、こまめに休憩を取り、無理をしないことが大切です。

体調管理:尿の色や量、血圧、体重の変化に日々注意を払いましょう。

食事の工夫:栄養バランスのとれた食事が、暑さに強い体をつくります。



●夏を越えたら、腎機能のチェックを

 さて、夏は一年の中で、最も腎機能が悪く見える季節であることが知られています。これは、暑さによって体内の水分が減り、血液中のクレアチニン濃度が相対的に高く測定されるためです。秋になって気温が落ち着くと、クレアチニン値も低下するのが一般的です。

 しかし、秋の値が春や初夏と比べて0.1 mg/dL以上高いままの場合は、夏の間に腎機能が悪化した可能性があります。ぜひ夏の過ごし方を振り返ってみてください(ただし、夏にしっかり運動して筋肉量を増やした方は、クレアチニンが上がっていても問題ありません)。0.1mg/dL上昇を問題視しない人は医師も含めてかなり多いですが、クレアチニン値が正常範囲内にある方にとっての0.1は、eGFRで約10失われたことを意味し、基準値をすでに超えている方にとっての0.1は、eGFRで約5失われたことを意味します。たかだか夏を1回越えただけで約10%の腎機能を失ったインパクトがありますから、けっして軽視しないでください。

 一方で、夏を越えてクレアチニン値が下がっている場合、腎機能が改善したと安心するのは早計かもしれません。特に体重が変わらないのにクレアチニン値だけが下がった場合は、筋肉量が減り、その分体脂肪が増えた可能性があります。秋は運動を始めやすい季節ですから、運動習慣を見直し、健康的な体づくりを目指すと良いでしょう。



 また、夏に腎機能が悪化しやすい背景として、以下のような条件に当てはまる方は特に注意が必要です:

  • 高血圧症治療中の方

  • 痛み止め(NSAIDs)をよく使う方

  • 骨粗鬆症でビタミンD製剤を内服している方

  • 利尿剤を使用している方


 夏が終わったら、ぜひ一度腎機能をチェックしてみてください。

 まずは、これから迎える夏を、しっかり対策して元気に乗り越えていきましょう。



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