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DOHaD(ドーハッド)学説と腎臓:お腹の中にいる時から始まる、腎臓の運命

  • 執筆者の写真: 臼井亮介
    臼井亮介
  • 1 日前
  • 読了時間: 8分

更新日:17 時間前


 こんにちは。株式会社レノプロテクト代表の臼井亮介(日本腎臓学会専門医・指導医)です。


 「人生100年時代」を健康に生き抜くために、日々の食事や運動に気を配っている方は多いと思います。しかし、私たちの将来の健康が、実は「お腹の中にいた頃の環境」によって大きく左右されていると言われたら、驚かれるでしょうか。

 近年、医学界で注目されている概念に「DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease:ドーハッド)学説」があります。今回は、この聞きなれないけれど非常に重要な学説と、健康維持の要となる臓器「腎臓」との深い関係について紐解いていきたいと思います。

 このコラムは、これから妊娠や出産を考えている若い世代の方々に、未来へのギフトとしてぜひ知っていただきたい内容です。同時に、このDOHaD研究における「血中ウロモジュリン」の可能性と、現時点でのエビデンスの課題についても触れています。DOHaD学説や周産期医療の研究者の方々にもぜひお読みいただき、この分野における新たなエビデンス構築に向け、まずは研究利用からご検討いただくきっかけになれば幸いです。



DOHaD(ドーハッド)学説とは?


 DOHaDとは、「胎児期や乳幼児期の環境が、成人後の病気(生活習慣病など)の発症リスクに影響を与える」という学説です。


 かつては「生活習慣病は大人になってからの好ましくない生活習慣が主な原因」と考えられていました。しかし、第二次世界大戦末期1944~1945年にドイツ占領下のオランダで深刻な食糧危機が起こり、「そのときに低栄養にさらされた胎児が、成長後に高頻度に肥満を呈した」ことを1976年にRavelliらが報告しました。1980年代に入ると、Barkerらが「小さく生まれた子ども(低出生体重児)ほど、大人になってから虚血性心疾患や高血圧症、糖尿病などの生活習慣病を発症する確率が高い」という衝撃的な観察研究を発表しています。


 人間は、お腹の中で栄養不足などの強いストレスにさらされると、「外の世界は飢餓に満ちているに違いない」と判断します。そして、限られた栄養で生き残るために必須な「脳」などに優先的に配分し、優先順位の低い他の臓器の発育を後回しにしたり、少ない栄養を体に溜め込みやすい体質(倹約遺伝子)へと変化させたりして生まれてきます。


 この「お腹の中での生き残り戦略(適応)」が、飽食の現代社会に出た途端に裏目に出てしまい、肥満や糖尿病、高血圧症を引き起こしやすくなる――これがDOHaD学説の核心です。



レガシー効果:今の行動変容が、10年後、20年後の未来を変える


 糖尿病の研究により、「レガシー効果(遺産効果)」という興味深い現象が明らかとなりました。これは、糖尿病を指摘された初期(発症直後)のうちに厳格な血糖管理をしておくことで、10年後、20年後、そしてさらにその後の長期的な臨床経過(長期予後)が有意に改善することを指します。糖尿病の臨床経過は極めて長きにわたるため、途中で管理が崩れてしまうことは珍しくありません。それでもなお「最初の貯金(適切な管理)」が未来を救うという事実は、医療において初期介入がいかに重要かを物語っています。


 医療の現場ではよく「早期発見・早期治療」が叫ばれます。ただし、実際の臨床では、過剰医療とのバランスや、早期介入したからといって必ずしも良い管理が達成し継続できるとは限らないという難しさもあります。「早期に発見し、早期から十分な管理を行う」ことは、言うほど簡単ではないのが実情です。


 この視点で捉え直すと、DOHaD学説とは、まさに「胎児期〜幼少期の環境がもたらす『負のレガシー効果』を検出したもの」と言えるかもしれません。近年、胎教や妊娠中の環境に高い関心を持つご両親が増えていますが、これも次世代へ良好なレガシーを遺すという意味で、DOHaD学説やレガシー効果の本質に通じる重要なアプローチなのです。



現代日本が抱えるリスク:痩せ・高齢出産・早産


 さて、このDOHaD学説は、現代の日本社会において決して他人事ではありません。現在の日本は、世界的に見ても「低出生体重児(2,500g未満で生まれる赤ちゃん)」の割合が約10%弱と、先進国の中でも高い水準にあります。これにはいくつかの現代的な背景が関係しています。


  • 若い女性の「痩せ志向」と妊娠中の過度な体重制限

    妊娠中であっても「太りたくない」という女性心理や、かつてのような厳しすぎる妊婦の体重管理(近年はだいぶ見直されています)の影響で、妊娠中に十分な栄養を摂取できず、胎児が栄養不足から低出生体重児などのリスクにさらされるケースがあります。

  • 出産年齢の高齢化とそれに伴う早産の増加

    初産年齢の上昇や高齢出産の増加に伴い、妊娠時点で早産リスクを高める生活習慣病などの持病を持つ妊婦が増えています。また、高齢出産では妊娠中に血圧が上がる妊娠高血圧症候群などの合併症リスクが高まります。その結果、予定日よりも早く生まれる「早産」となり、身体発育が不十分な時点で外の世界へ出てこざるを得なくなることがあります。周産期医療は目覚ましく進歩してきましたが、早産率はこの数十年間、約5%で横ばいのまま推移しており、今なお解決できていない重要な課題です。

  • 低出生体重児の生命予後の改善と新たな課題

    周産期医療に携わる医師や看護師のたゆまぬ努力により、超低出生体重児(1,500g未満)や極低出生体重児(1,000g未満)の生存確率は着実に向上してきました。これは素晴らしい進歩ですが、同時に「未熟な状態で生まれたこと」がその後の人生に及ぼす影響にも目を向ける必要があります。これまでは呼吸器疾患や知的・運動障害などが主に注目されてきましたが、実は「腎臓への影響」も見過ごせないリスクの一つです。


 お腹の中の環境悪化(低栄養)や、お腹の中にいられる期間の短縮(早産)は、赤ちゃんの臓器の「完成度」にダイレクトに影響を及ぼします。その影響の大きさが指摘されながらも、これまで「小児期の腎機能を正しく評価する検査」がほとんど存在しなかったために、注目度が上がりにくかった。それが、他でもない「腎臓」なのです。



腎臓の運命を決める「ネフロン数」の秘密


 なぜ、母胎環境がそれほどまでに腎臓に影響を与えるのでしょうか。その理由は、腎臓で尿を作る最小単位である「ネフロン」の特殊な仕組みにあります。


 ネフロンは、一般的に左右の腎臓を合わせて約200万個(片腎あたり100万個)あるとされていますが、実は人種差や個体差が非常に大きく、少ない人では数十万個しか持たずに生まれてくることが分かっています。さらに決定的なのは、ネフロンは妊娠36週頃までにその最大数が決定され、それ以降は一生増えることがありません。


 母胎の低栄養や胎盤の機能不全、あるいは早産によって妊娠36週未満で生まれてしまうと、ネフロンの発育と成熟にストップがかかり、「ネフロン数が少ない状態」で人生をスタートすることになります。


 ネフロン数が少ないということは、いわば「会社の従業員(ろ過装置)が最初から少ない」状態で一生涯に渡り仕事をしていく必要があるということです。1ネフロンあたりの仕事量(ろ過負担)が増えるため、長期的には残されたネフロンが疲弊して徐々に壊れ、大人になってから慢性腎臓病(CKD)や高血圧症を発症するリスクが跳ね上がってしまいます。



腎臓の未来を映す鏡:ネフロン数と「ウロモジュリン」


 では、私たちは「自分が生まれ持ったネフロン数(腎臓のポテンシャル)」を知ることができるのでしょうか?


 実は、現在の医学において、体に傷をつけずに(非侵襲的に)ネフロン数を数える方法は存在しません。そこで今、医学研究の現場で期待を集めているのが「ウロモジュリン(Uromodulin)」というタンパク質です。


 ウロモジュリンは、腎臓の「尿細管」という部分でのみ作られる、臓器特異性の極めて高い物質です。近年の研究から、このウロモジュリンの血中濃度が「正常に機能しているネフロンの総量(機能ネフロン量)」と深く相関していることが分かってきました。


 つまり、血中ウロモジュリンを測定することで、従来のエコー検査や一般的な採血(クレアチニンやeGFR)では見えなかった、「その人が生まれ持った腎臓の予備能力(ポテンシャル)」を可視化できる可能性が出てきたのです。


 ただし、現時点では出生時から小児期における血中ウロモジュリンの動向に関する研究は非常に限られており、臨床で広く用いるためのエビデンスは発展途上と言わざるを得ません。だからこそ私は、DOHaDリスクを抱えて生まれた子どもたちの未来を守るために、この指標の確立を急ぐ必要があると考えています。まずは研究利用という形で、多くの研究者の方々と共にこの分野のエビデンスを強固に構築していきたい、と切に願っています。



私たちが今、未来のためにできること


 DOHaD学説を知ると、「小さく生まれたら、もう将来の病気は避けられないのか」と不安になるかもしれません。しかし、決してそんなことはありません。大切なのは「リスクを早く知り、先手を打って対策すること」です。


  • これから親になる世代へ

    妊娠前からの適切な栄養摂取と、無理な過剰ダイエットを避けることが、次世代の腎臓を守る最高のプレゼントになります。

  • 小さく生まれた自覚のある方へ

    自分が「ネフロン数が少なめのリスク」を持っている可能性を認識し、定期的に検査を受けながら(検査は基本的には成人後で十分です)、規則正しい生活やアンチエイジング施策(適切な栄養・運動習慣・良質な睡眠)を心がけることで、腎臓の負担を最小限に抑え、一生物の腎臓を長持ちさせることが十分に期待できます。


 ウロモジュリンをはじめとする検査技術の進歩は、近い将来、一人ひとりの生まれ持ったリスクに応じた「個別化医療」を可能にすると信じています。お腹の中から始まっている、私たちの腎臓の運命。それをより良い未来に変えていくのは、今日からの正しい知識と、あなたの選択です。



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