「慢性腎臓病(CKD)の過剰診断」を見直すべき時期がきた〜2027年問題を踏まえた提言〜

更新日:10月5日
こんにちは、株式会社レノプロテクト代表の臼井亮介(腎臓専門医・指導医)です。
今回は、「現役世代の腎機能評価において、クレアチニン換算eGFR値は腎機能を過小評価(慢性腎臓病の過剰診断)しているケースが多い」という臨床現場の実態について解説します。
慢性腎臓病(CKD)の患者数増加に伴い、近い将来、対応できる医師数との間で需給ギャップが生じることが確実視されています。そして、その決定的なターニングポイントとなるのがまさに「今〜2027・2028年」です。
患者数が増加した場合、大病院であればより重症度の高い症例を優先し、軽症患者をクリニックへ逆紹介して通院数をコントロールできます。しかし、地域医療を支えるクリニック側は、患者が増えたからといって「軽症だから」と切り離すことはできません。通院患者の増加は、クリニック経営の観点ではポジティブに見えても、1人あたりの診察時間の短縮(診療の質の低下)と背中合わせになります。いずれにせよ、「一人の医師が診られる限界」を直視しなければなりません。
本コラムでは、CKDの現状と今後起きてくる問題を解説しつつ、現役世代におけるクレアチニンの扱い方について、一人の腎臓内科医としての提言をまとめていきます。
※なお、本コラムは健康診断での「腎機能C判定」や軽度の腎機能低下を楽観視して良いと主張するものではありません。健康な時期からの定期的な健診受診、eGFR値の経時的変化の確認、そして異常を指摘された場合の再検査や医師への相談は引き続き強く推奨します。また、本稿で提示する弊社の腎ドックデータは、日本のCKDの現状と必ずしも一致しない可能性があることを予め付記します。
慢性腎臓病(CKD)患者の激増と「認知度」の低さ
CKDの国内患者数は増加傾向にあり、2024年には約2,000万人(成人の5人に1人)と報告されました。それと同時によく指摘されているのが「病気の認知度が極めて低い」点です。
弊社が実施した腎ドック受診者900名のデータを分析したところ、CKDの診断基準を満たした282名のうち、「自身がCKDである」と認識していたのはわずか10名(約3.5%)でした。
腎ドックは健診や人間ドックのオプションで行われることが多いため、受診タイミング等により腎機能がやや低く評価される可能性はあります。しかし、それを差し引いたとしても、世間一般における認知度の低さは顕著です。
CKDの本当の脅威は「透析」ではない
「CKDと診断されたら、治療目標は透析回避」というイメージが強く定着しています。しかし、国内2,000万人の患者数に対して、年間で新たに人工透析が必要となるのは約3万6,000人(約0.18%)です。1%にも満たない透析リスクのために、2,000万人の中から未診断症例を淡々と拾い上げて定期通院させることが、保険診療の方向性として本当に望ましいのでしょうか。
一方で、CKDの真の怖さは、透析よりも「動脈硬化や血管脆弱による心血管疾患・脳卒中、免疫力低下による重症感染症、骨粗鬆症による骨折」といった腎臓外の合併症リスクが跳ね上がり、実際にこれらをきっかけに命を落としていく人が圧倒的に多い点にあります。
そして、これらの合併症リスクは、軽症CKDとされる「ステージG3a(eGFR 45〜59 / 健診でのC判定)」の段階からすでに上昇しています。だからこそ、この段階での早期発見と適切な注意喚起が重要となるのです。
2002年にCKDという疾患概念が提唱されて以来、専門医を中心に20年以上にわたって国民への啓発が行われてきました。しかし、普及啓発の成果という観点では、いまだ課題が山積しているのが実状です。
そうした中、2027年に医療現場を大きく揺るがす制度変更が行われます。
2027年制度改正に伴う「CKD患者の表面化」と懸念される副作用
労働安全衛生法の改正により、2027年度から事業者健診(職場の健康診断)においてクレアチニン測定が義務化されます。
これにより、これまで「要経過観察(C判定)」のままであった数百万人の潜在患者が一気に表面化してくると予想されています。健診での「腎機能C判定」は、「生活習慣を見直しましょう」という軽い注意喚起のように見えていたかもしれません。しかし、C判定はまさに「CKDステージG3a」に相当し、「現時点でCKDが疑われる状態」なのです。
2027年以降は企業側の産業保健・労務管理上の観点からも、「CKDなのか否か、白黒ハッキリさせること」が労働者や医療機関に強く求められるようになります。
国民一人ひとりが自身の健康状態を正しく把握すること自体は望ましい変化です。しかし、十分な受け皿がないまま数百万人が一斉に医療機関になだれ込めば、現場の混乱は避けられません。
2,000万人に対し専門医は6,500人:診療限界にどう対応するか
厚生労働省の「令和5年患者調査」によると、現在継続治療中のCKD患者数は約63万人とされています。2,000万人に対して63万人という数値はとても少なく見えます。しかし、そもそも約6,500人の腎臓専門医で2,000万人に対応するのは物理的に不可能です。そのため、現在は一般内科医やプライマリ・ケア医(非専門医)への診療連携が急ピッチで進められています。しかし、診療連携のハードルは言うほど低くありません。
ここで、類似の生活習慣病である糖尿病診療の現状を見てみましょう。
糖尿病:専門医約7,000人に対し、患者数約1,100万人(うち治療中約550万人)。治療患者のうち専門医が約150万人をカバーし、非専門医が約400万人をカバー。
こうした事実と、CKD患者の6〜7割は糖尿病や高血圧症が原病であることから、「糖尿病および高血圧症のかかりつけ医がCKDも併せて診る」というモデルの構築が進められています。
しかし、2,000万人という母数を考慮すれば、たとえ非専門医の力を借りたとしても、その半数すらカバーすることはキャパシティを超えています。「可能な限り取り残さず全員を診断・治療対象にする」という善意のアプローチは、医療リソースの現実を前に破綻せざるを得ません。
事実、重症度の高い腎臓病患者を多く抱えている基幹病院では、多少腎機能が悪くなった程度で紹介しても「透析が必要な時期が来たら再紹介してほしい」と定期通院を断られ、「腎保護や透析回避を目的とした病診連携」がすでに形骸化・破綻している地域が散見されます。
だからこそ、今必要なのは「クレアチニン換算eGFR値の正確性を適切に評価することで医療リソースを保護・確保」しつつ、同時に「真に治療介入が必要な高リスク患者を選別すること(キャパシティに応じた優先順位付け)」なのです。
クレアチニン換算eGFRの課題(CKD過剰診断)と、シスタチンC換算eGFRの必要性
クレアチニン換算eGFRによる腎機能の過小評価(CKDの過剰診断)について、株式会社レノプロテクトの腎ドック受診者900名のデータから非常に興味深い実態が浮き彫りになりました。
クレアチニン換算eGFRで「ステージG3a(45〜59)」に該当した246名のうち、より精度の高い「シスタチンC換算eGFR」でもG3aに該当したのはわずか29名(11.8%)でした。さらに65歳以下(現役世代)に限ると、シスタチンC換算でもG3aに該当したのはわずか3名でした。
このデータは、「現役世代において、従来のクレアチニン換算eGFRは腎機能を実際よりも低く見積もり、結果としてCKDの『過剰診断』を生み出している」という事実を強く示唆しています。
労働安全衛生法改正による2027年問題の本質は、単に未診断の患者があぶり出されることだけではありません(それ自体は望ましい変化です)。真の問題は、「本当は未病段階にある腎機能C判定該当者が一斉に医療機関に殺到し、シスタチンC等を測定すべき症例が爆発的に増えることで、通常診療や医療コスト、ひいては医療リソース全体が大幅に圧迫される」という点にあります。
産業医の役割と対応を見直す必要性
過剰診断なのか本当に腎機能が低下しているのかを見極めることは、疾患の「診断」に関わる領域です。診断行為は医師の独占業務ですが、同じ医師であっても、「健診担当医や会社の産業医は病気の診断をしない」という原則になっています。加えて、先述の通り地域のクリニックがこれら膨大な症例をすべて引き受けることも困難です。
そこで、健診の実施主体となる企業と産業医は、地域の診療体制を不要に混乱させないよう、独自の受診勧奨基準を含めた運用フローを整理していく必要があります。
現役世代へのアドバイスと注意点
ここで、健診で腎機能C判定がついたことがある現役世代の方は、「自分は過剰診断に違いない」と自己判断や楽観視して良いわけではないことを改めて強調しておきます。必ず、労務管理担当者や産業医の方針に従うようにしてください。
筋肉量が著しく豊富なトレーニング習慣者などでない限り、クレアチニン値が高めに出る方は同世代の平均より腎機能がやや低い傾向にあることは事実です。何もせずに放置すれば、5〜10年後に「真のCKD」へと進行するリスクが高まります。ぜひ生活習慣を見直す貴重な機会と捉えてください。
何より、シスタチンCによる追加検査を行わないまま放置すると、「クレアチニン換算eGFR値でCKDの診断が確定し、一生涯、CKDの病名を背負い続けるリスク(就労制限、転職や再就職に難渋、各種保険の加入制限など)」が生じかねません。大げさと思われるかもしれませんし、取り越し苦労で終わればそれに越したことはありませんが、事前にリスクを知っておくことは重要です。
健常〜未病段階における腎機能評価において、クレアチニンよりもシスタチンCの方が格段に精度が高いことは、腎臓専門医の間で共通認識となっています。
健診後対応および制度設計への提言
では、膨大な潜在患者と医療混乱に対してどう対応すべきでしょうか。私は以下のアプローチを提案します。
① 「シスタチンC+アルブミン尿」の条件付き保険適用の見直し
健康診断でeGFR 60未満となった方のうち、CKD未診断症例に限り「1度だけシスタチンC+アルブミン尿(または尿蛋白定量)の測定を保険適用とする」ことが最適解と考えます。
これにより、これまでシスタチンCの実施に慎重だった医師も、経営的なメリットが生まれることでオーダーしやすくなり、検査の普及が一気に進みます。また、世界標準である「アルブミン尿」の評価機会を糖尿病患者以外にも提供できる意義は極めて大きいです。
② 自由診療や新たなバイオマーカーの活用
保険適用の改定には一定のハードルと時間がかかります。健康診断自体が自由診療の枠組みであることを考えれば、その延長として、必要な社員に限り「シスタチンCを自費検査として行う」運用も現実的な選択肢です。
さらに、今後の展望としてウロモジュリン測定のような新しいバイオマーカーの活用も期待されます。ウロモジュリンはクレアチニンやシスタチンCのような「ろ過量(eGFR)」の評価にとどまらず、個々の「腎予備力」を評価できるため、クレアチニン換算eGFR値の正確性の評価と真のCKDハイリスク群を早期発見する上で強力なツールとなります。
まとめ:医療リソースの適正配分と「適切な評価」を目指して
2027年のクレアチニン測定義務化は、CKD早期発見につなげる大きな一歩であると同時に、適切な評価システムが伴わなければ「数百万人規模の過剰診断と医療現場の混乱」を引き起こす諸刃の剣となり得ます。
本稿で解説した通り、特に現役世代・働く世代においては、クレアチニン換算eGFRのみでCKDと確定診断することには慎重であるべきです。
「クレアチニンで広くスクリーニングを行い、引っかかった場合はシスタチンCやウロモジュリンといった他指標を用いて真のリスクを見極める」という2段階のステップを、臨床現場および産業保健の場で標準化していくことが急務です。
限られた医療リソース(専門医・医療費)を、本当に手厚い治療を必要としている高リスク患者へ集中的に配分するためにも、私たちは「単なる数字上の診断」から「患者一人ひとりの真の病態に基づいた診断」へと舵を切る時期に来ています。
医療者、企業、そして国民一人ひとりがこの「過剰診断の構造」を正しく理解し、過度な恐れや見過ごしのない、持続可能な腎臓病医療を構築していくことを切に願っています。
